世界は難しい

人間としてこの世に落とされた私は、

仲良しだった龍ちゃんともお別れし、

自然との対話も一人の時だけという制限ができ、

とても窮屈で生きにくい世界でした。

まだ生きていますが、、、

魂はそんな経験を喜んでいるのでしょうが、

経験している私は辛かったのです。

今日は

私の父を紹介したいと思います。

父は自宅の隣にある工場で仕事をしていました。

父はどんな人?と聞かれたらこの

「わがままな人、子供より子供」と即答します。

1番の思い出は「お父さんは神様だ!お父さんの言うことを聞いていれば間違いはない!」と言われたことです。

どれだけ「わがまま」なのかお分かりいただけるでしょう。

私は元旦の朝に生まれたのですが、父は病院に来て、

生まれた我が子を見るなり「なんだ女か。男じゃないのか」と帰ってしまい、

退院の日も迎えに来ることはありませんでした。

母は荷物と新生児(私)を抱えタクシーで帰りました。

こんな父ですから、七五三や学校行事に来たことはありません。

入学式、参観日、運動会、卒業式、何1つ来たことはないのです。

子供は自分の言うことを聞く人形とでも思っていたのかもしれません。

言うことを聞かないと怒鳴り散らす、手をあげる、

ビール瓶、一升瓶を投げる(割れた破片の掃除が大変でした)

こんな父ですから家族は誰も話しかけませんし、近寄りもしません。

自分さえ良ければいい父は左足首をほぼ切断の事故に遭ったり、

網膜色素変性症という難病になったりしています。

ちなみに、足は何度か手術して歩けるようになりました。

その時に入院していた病院の方々にはとてもご迷惑おかけしました。

病室にあるテレビはカードを買わないと見れないのがお気に召さず

「テレビを買ってこい!設置しろ!」という悪態をつき設置してしまいました。

入院しているのに病院を抜け出し飲みに行ってしまったこともありました。

とにかく自分中心の父です。

それが私の父です。

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